面白くて3冊一気読み

眼中の人 (岩波文庫)

眼中の人 (岩波文庫)

芥川のことを中心に語られているのかと思っていたのだが、そうではなかった。小島にとって眼中の人とは菊池寛なのである。芥川は同じ都会人として親しめる。しかし菊池寛は、その野人のごとき存在感は小島にとって異物であり、どうしても無視できない存在なのである。
芥川の家で両人は知り合うのだが、小島は菊池によって泣きべそをかかされる。文学の生命は描写だ、説明はだめだとする描写万能主義だった小島が、菊池に詰問される。「どうして説明じゃ悪いのかね」言葉に詰まる小島に菊池が追い打ちをかける。「全編説明ばかりで書かれた小説はあっても、描写ばかりで書かれた小説は世界中にないと僕は思う。要するに、小説は説明をしては描写をし、説明しては描写をし、それで成り立つものだと僕は思うんですがね」
ちなみに、菊池は「志賀直哉氏の作品」という短文で、直哉の短篇「老人」を挙げ、説明のみで書かれた秀作だと紹介している。
ともあれ「私の文学修業」というような本を私はこれまで何冊か読んできたが、一気に読み終えてしまったのは久しぶり。吉行淳之介の「私の文学放浪」以来である。

銀漢の賦 (文春文庫)

銀漢の賦 (文春文庫)

西国の小藩を舞台に3人の男の人生が端正な文章で描かれている。清冽な詩情とでもいうのだろうか。漢詩を引用しながら3人の宿命を鮮やかに力強く描き出す。
また、藩内の派閥争いについても書かれているのだが、一方のみを悪者とせず、等しく目配りしている作者の人間観察にも共感した。
読んでいる途中、何度も藤沢周平の小説を思い浮かべた。端正な文章だけでなく、登場人物の造形に温かみがあり、全体に清潔感もある。よく似ている。葉室麟の小説をこれから一篇一篇じっくり味読しながら読んでいきたい。

出久根達郎の古本エッセイにははずれがない。かならず相応の愉しみを与えてくれる。だから、いっぺんにたくさん読まないようにしている。読む本がなくなると困るからだ。