久しぶりに太宰を読む

惜別 (新潮文庫)

惜別 (新潮文庫)

太宰の小説を読むなんて何年ぶりだろう。久しぶりに太宰の文章・言葉に接して懐かしさを禁じ得ない。やはり太宰には特有の人間観というか、世界観があるんだよな。どんなに敵対している人に対しても最終的には同情的なんだ。どんな悪人も俗物も裏切り者も、結局、寂しい人なのだ、という憐れみの言葉を投げかけずにはいられない。
巻末の解説で奥野健男が指摘しているように「右大臣実朝」の実朝は「駆込み訴え」のキリストである。俗物たちの中にあって、ひとり心清らかで美しい人なのである。そして自分を裏切り、殺すであろう人たちを静かな憐れみの眼で眺めている。太宰にとっては理想像なのだろう。薄汚れた自分を省みながらも一条の光として、そのような人物を描き続けたのだろう。
「惜別」は若き日の魯迅の姿であるが、これもまた太宰の思い入れが強いので、どこまで魯迅の実像に迫っているのかわからない。でも、聡明で熱い心を持った魯迅青年の悩める姿はとても好ましく、こちらも読後感はよかった。
魯迅の「藤野先生」が読みたくなった。