平出隆「猫の客」

猫の客 (河出文庫 ひ 7-1)

猫の客 (河出文庫 ひ 7-1)

特に猫好きではないのだが、この本には心惹かれる。猫を客として家に招き入れた書き手の心情にこちらの心が重なっていき、読後しばらく経ってからも猫のたたずまいを思い浮かべたりしている。抑制された筆致で猫と戯れる日常が描かれ、季節の移り変わりや周囲の人々とのわずかな交流が記述されているだけなのだが・・・。

この猫の個体としての特徴は、細身で小さく、それだけに、きれいに尖ったよく動く耳が目立つというほかは、人にすり寄って行く気配がまったく感じられないことだった。はじめは、こちらが猫に慣れないせいか、と思ったがそうでもないらしい。稲妻小路を通りがかりの少女が、足をとめ、しゃがみこんで見つめても逃げないが、手が触れようとする瞬間、するりと鋭くかわした。その拒絶ぶりに、冷たくて青白い光の感触があった。

ちなみに、この河出文庫版はなかなかいい感じの本である。紙質がちょっと分厚くて、文字サイズも大きく、明朝体の活字がすっきりと印字されている。行間のスペースもたっぷりとってあり、どのページを開いても呼吸が楽になる。
ネットで調べたら著者は詩人、大学教授でありながら、装幀・造本も手掛けているらしい。おそらく、文庫本ではあるけれども、この本の作りにも著者の意向が及んでいるのかもしれない。
(追記: 河出文庫尾崎翠第七官界彷徨」を手にしてぱらぱらページをめくってみたら、こちらも同様のレイアウトである。ということは、本の作りに関する著者の意向がなんたらかんたらというのは、まったく私の思い過ごしだったようだ。)