今月の3冊

7月前半の暑さが強烈だったので平年並みの暑さがぬるく感じる。先週まではエアコンのない部屋でパソコンの前に座って仕事をしていると室内温度は深夜零時で31度だった。湿度は76パーセント。暑さのせいにするわけではないが、あまり本が読めなかった。

困ってるひと

困ってるひと

  • 大野更沙「困ってるひと」

ふだん闘病記はあまり読まないのだけれど、ラジオや新聞の書評などで気になったので読んでみた。一般の闘病記と違うところは著者の視線が常に外に向いていることだろうか。ふつう重い病気に苦しんでいる人は内省的になり、自分の心と対話して哲学的思考を深めたり、宗教的な感性に目覚めたりするのではないだろうか。しかし、この本の著者はちょっと違う。自分を取り巻く社会の仕組み、福祉や医療制度などに目を向け、疑問を呈し、理不尽な制度に対して戦闘的姿勢を強めていく。それも行政の落ち度を高い位置から糾弾するというのではなく、あくまでも自分の闘病生活の中で実際に経験したところからじわじわと匍匐前進するように敵陣に入り、一つひとつ具体的に描き出していく。また、難病体験が秘境を探検するアドベンチャーのように語られているので読み物として面白く読めた。

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)

  • 西岡理恵子「この世でいちばん大事が「カネ」の話」

これは十代、二十代の若者向けに書かれた文章だろうか。やけに説教口調だ。でも、そんなことは読んでいるうちに気にならなくなる。なにしろ貧乏話が面白い。また、貧乏漫画家のサクセスストーリーにもなっている。それに、なかなか含蓄のある言葉が散りばめられていて、うーん、いいこと言うな、なんて感心してしまった。

これは借金の話。夫が経営する会社が倒産して巨額の負債を抱え込むという佐藤愛子の実体験にもとづいて書かれている。それにしても、語り手(佐藤愛子)のキャラクターが生彩を放っている。苦境にあって常に戦闘意欲を失わず、取り立てに来る有象無象の輩を憤怒の形相で受けて立つ猛女・佐藤愛子。その悲壮と滑稽が表裏一体となった姿はなかなか味わい深い。また、お人よしのデクノボーと思われた夫がじつはそれだけの人間ではないらしいという目配りもしつつ、身の回りの人間の豹変ぶりも鋭く観察している。さすが小説家。転んでもただでは起きない。

こうして3冊並べてみると、なんだ、「病気」「貧乏」「借金」って、ほとんど一昔前の私小説のテーマじゃないか。