「中島敦の遍歴」勝又浩

中島敦の遍歴

中島敦の遍歴

ふだん文学評論の類は読まないんだけど、今回は敬愛する中島敦についての評論なのでざっと目を通してみた。意外と言っては失礼だが、とても読みやすい文章だ。くどくないし、わざと難解な語句を振り回すなんてこともない。こんな平明な文章なら文学評論を読むのもわるくない。
さて、ここで本の内容を短くまとめてみたいのだが、個人的にいろいろ考えさせられることが多くて、短い文章にまとまりそうもない。もう一度、ノートを取りながら丁寧に再読してみたい。いつになるかわからないけど。
南洋に滞在中の中島敦が夫人に宛てた手紙の一節を紹介する。

オレが死んだらね、三好に頼んで深田氏にあづけてあるものを持って来て貰うんだ。さうして、それ等をあのバスケットの中に原稿と一緒に包んで、しまって置け。さうして桓が二十歳にもなって、文学をやらうとする人間(或は、文学を非常に愛好する青年)だったら、それを桓に渡してくれ。桓がさういう人間でなかったら、格が大きくなるのを待ってくれ。格も又、駄目なら仕方がない。その時始めてみんな燃しちまってくれ。

病んだ中島が自分の死を覚悟したのか。自分の死後、書き残した小説の処分について夫人に頼んでいる。すでに文名があがることなど諦めているのだろう。ただ、それでも子供にだけは自分の志を伝えたいという思いが伝わってくる。やはり文学に人生を懸けた人間の心情とはこのようなものなのか、と思わずにいられない。
若くして結婚し、子供をもうけ、二十代を女学校の教員として平凡な生活を送っていた中島にしても、やはりこのような修羅の心を内に蔵していたということか。まあ、文学を志す人間ならそれぐらいの執念があっても当たり前といえば当たり前なんだけど、そのような我執をひとまず抑えて、まずは平凡な生活者たらんとした青年・中島敦のことを思うと、胸が熱くなる。