上林暁

白い屋形船・ブロンズの首 (講談社文芸文庫)

白い屋形船・ブロンズの首 (講談社文芸文庫)

上林暁の短編集「白い屋形船・ブロンズの首」(講談社文芸文庫)と「聖ヨハネ病院にて」(新潮文庫)を続けて読んだ。二冊とも再読である。そして「聖ヨハネ病院にて」収録の短編がよかった。
だいぶ前に読んだ印象としては重苦しいイメージがあったのだが、今回読み返してみて、上林の文章の明るさと温かさに驚いた。上林暁の小説ってこんなに穏やかな明るさに包まれた世界だったのかと、ほとんど感動した。
題材が暗いからといって、作品そのものが暗くなるわけではない。小説を構成している文章、その音色、精度、湿度、あるいは作家の精神性といったものによって全体の色調が決まる。巻末の解説で伊藤整がそのあたりのことを明らかにしている。
「生をいかに生き、そして味わうか。もし人が生を一度把握すれば、それはあらゆる所にある。水に洗われた石の感触、老婆の智慧、少女の笑い、公衆浴場、一杯の酒、あらゆるものが生命の歌を歌い出す」
「生命の歌」。まさにそのとおり。小説の細部で生命が歌っている。どんなに苦しい日々であろうと、上林の文章は抑制が利いている。決して声を荒げることはないし、必要以上に悲嘆することもない。大仰な言葉を振り回すこともない。ただ静かに語りかけてくる。その声はつぶやくような細い声だが、しわがれていはいない。若々しくてしなやか、そして明るくてあたたかい。

極楽寺門前 (1976年)
上林暁全集〈第1巻〉小説(1)