尹東柱

死ぬ日まで天を仰ぎ―キリスト者詩人・尹東柱

死ぬ日まで天を仰ぎ―キリスト者詩人・尹東柱

1943年夏、京都市左京区田中高原町27、武田アパートの部屋で一人の朝鮮人留学生が下鴨警察によって逮捕された。青年の名は尹東柱(ユン・ドンヂュ)(日本名、平沼東柱)。民族独立運動の疑いであった。
同志社大学英文科の学生であったかれは、その日、夏休みを母国で過ごそうと帰省の支度に忙しかった。切符を買い、荷物を送り、家族へは帰郷の日付を知らせる電報を打っておいた。すっかり片付いた後、突然、特高警察が部屋に踏み込んできた。東柱の身柄はその場で拘束され、多数の本と日記、ノート類が押収された。
逮捕されてから1年半後、1945年2月16日、福岡刑務所で東柱は死んだ。正体不明の注射を繰り返し打たれ、衰弱したすえに息絶えたのである。27歳であった。
没後、かれのノートや手紙類に書き残された詩が遺族や友人たちの手によって纏められ、遺稿詩集「空と風と星と詩」として刊行された。初版は31篇であったが、1955年には十周忌を記念して93篇の作品を集めて同じ標題の遺稿詩集が刊行された。そして、数年おきに追加収録がなされ、版を重ね、今なお読者を増やしつづけている。


序 詞
死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥辱なきことを、
葉あいにそよぐ風にも
わたしは心痛んだ。
星をうたう心で
生きとし生けるものをいとおしまねば
そしてわたしに与えられた道を
歩みゆかねば。
今宵も星が風に吹き晒らされる。


「序詞」は、東柱が24歳の、まだ延専の学生の頃に書いた詩である。数年後の悲運など知る由もないかれに、どうしてこのような詩が書けたのだろう。わずか九行の詩の中に、たった今、死を宣告された者のような切迫感がみなぎっている。
清浄なるものを求めてまっすぐ生きたいと祈りながら、かれの目には自分の運命が見えていたのかもしれない。凍える風に吹き晒されて、冴え冴えと輝いているのは詩人自身の魂であろう。

空と風と星と詩―尹東柱全詩集

空と風と星と詩―尹東柱全詩集