犀の角のようにただ独り歩め

柔らかな犀の角 (文春文庫)

柔らかな犀の角 (文春文庫)

毎晩、夕食後に自室で寝転がって読んだ。満腹状態なのですぐに睡魔が襲ってくる。そんなときは眠気に抵抗せずうとうと眠る。しばらくして目覚めると続きを読む。朦朧としながら読み進み、またうとうと眠りこける。そんな風にして一週間ほどで読み終えた。じつにだらしない読書であったが、山崎の語り口は心地いいものだった。
この本のメインは書評なのだが、俳優の日常を語るエッセイの部分が面白い。山崎が読者の前に「俺はこれだけのものだ」と投げ出しているように見える。その捨て身の態度がかっこいい。全体的に柔らかい物言いなんだけど、ときどき厳しい俳優の素顔が見え隠れする。印象に残った言葉を並べてみる。
「演技をする上で大切なのは、危なっかしくやることである。失敗を覚悟で、どうなってしまうかわからないところへ自分を追い込んで行く。それが大事。失敗は正直怖いが、そのリスクを背負わない安全運転的演技などなんの価値もない。危険を避けるのでなく安全を避けなければならない」
「奴隷的俳優業を苦痛ととるか快いと感じるかは人によるだろう。僕は『快い』派だ。いつも王様に貢ぎ物を献上するつもりで演技している。差し上げた物を王がどう扱おうが僕は関知しない。受け取っていただいたところで僕の作業は終る。魅力ある王に仕える快感は格別」(ここで、王とは映画監督のこと)
「われわれ俳優の演技でも、あらかじめ用意していたプランから外れて、あらぬ方にどんどん脱線してしまうことがある。そうなると楽しい。というかそうなることを正直目指している。」
山崎は自分が年老いて身体のさまざまなパーツに不具合が生じることを面白いという。また、自分の周囲の老人たちの奇行を眺めて楽しそうに紹介している。俳優特有の感覚で人間を観察しているのだろう。どうやらノーマルな人間よりもバランスを崩した人間に興味を抱き、いつか演じてみたいと狙っているようだ。
山崎の語り口から思い出した言葉がある。 開高健だったか? いや、80年代のキャッチコピーだったかな?
生まれてきたら生きるだけ
何事あらば笑うだけ