永井路子「炎環」

新装版 炎環 (文春文庫)

新装版 炎環 (文春文庫)

久しぶりに再読した。鎌倉幕府成立時の権力闘争が描かれているのだが、これが面白くて、あっという間に読了した。
やっぱり登場人物のキャラクターの魅力だな。源頼朝、阿野禅師、梶原景時北条時政北条義時など。それぞれ一癖も二癖もある男たちが、権力奪取のためにあらゆる手段を駆使して闘争を繰り広げる。その狡猾さ、非情さが実に生々しく、いかにも生きた人間の実相を見る思いがする。権謀術数をめぐらし、相手の言うがままに動かされているふりをしながら、じつは政敵を次々と屠っていく。きれいごとではない、生の人間の姿が精彩を放っている。
印象的なのは、かれらに共通してるのだが、決して本音や感情を表にあらわさないことだ。そ知らぬふりをしながら謀の種を撒いて、じっとチャンスが来るのを待ち構える。源頼朝など、その典型として描かれている。

頼朝の表情は、時折複雑な屈折をみせることがある。彼が曖昧に微笑するとき ― それは人一倍彼の自尊心が傷つけられたときなのだ。表面穏かさを装っているものの、そんな時の彼の瞳が底知れない冷たいひかりを放っていることでそれは知られた。