津波避難訓練のことなど

霞ヶ浦

年度末ということもあって、市内のあちこちで道路工事をしている。震災から一年経つけど、いまだに道路は波打ったままの個所が多い。 たった一発の地震で東日本の土地が500キロにもわたって皺くちゃになってしまったのだな、とその威力に今更ながら驚く。
地震はいまでも頻発しているが、もう震度4程度の揺れでは驚かない。慣れたというか、鈍感になったのか? なにしろ、あの時は自室の蛍光灯が天井にぶつかりそうなくらい激しく揺れるのを目撃しているから、もう震度4程度のふわふわした揺れでは驚かないのだ。たまに大きな地震があると反射的に蛍光灯に視線を向ける。そうして、ああ、この程度の揺れならまだ大丈夫だと判断している。
今、ちょっと思い出したのだが、あの震災から一週間ほど経った頃に津波の被害に遭った親戚の家を訪ねたことがある。瓦礫を片付けていたとき、その家の裏庭の畑で猫が何かを咥えていたのを見た。あれ、なんだろうと思って見ていると、その近くでカラスが何かを啄んでいた。農家の裏の畑で猫とカラスという取り合わせが面白いというのではない。その猫とカラスの獲物が魚ではないかと親戚の人が言ったのを記憶しているのだ。津波で流されてきた魚が畑に取り残され、干乾しになっている。それを猫が咥え、カラスが啄んでいる。農家の畑に大根や芋ではなく、干乾しの魚が転がっている光景がシュールだな、なんて不謹慎にも思った(実際に魚を確認したわけではないので確かなことだと言えないけれど)。
きょう(11日)、神栖市津波避難訓練があった。私は参加しなかった。避難場所に指定されている小学校は私の家から5キロほど離れている。しかし、それが海寄りなのだ。わざわざ危険な場所に近づくことはない。そもそも神栖市は周囲を海と川に囲まれた低地で、避難できる高台はない。北側に鹿島台地(鹿嶋市)があるのだが、これに通じる国道は鹿島港北埠頭からの津波に直撃されるので通行できなくなる可能性が高い。大規模な津波が来れば全市が水没するだろう。最悪の場合、鹿島セントラルホテルだけが海面に突き出ているような状況になるのではないか。太古の昔、鹿島台地と香取台地は海に突き出た岬だったという。もともと神栖市は海底の土地なのだ・・・。そんな感慨に耽っている場合ではないのだが、津波避難を考えると、八方塞がりの思考停止になってしまうのだ。