上林暁「武蔵野」

上林暁「武蔵野」

この本の裏表紙に「1996年1月9日 江古田 風光書房 1800円」と記入してある。風光書房は欧米の文学・思想書がメインで、絶版文庫なんかも揃っていた。江古田駅から遠かったので、そう気軽に立ち寄れる店ではなかった。現在は江古田から神田駿河台に移転したらしい。
こうして購入日を本に書き込んでしまうと、売るときに高く売れない。それはわかっているけど、どうせ売る気がないので気にしない。でも、amazonで見ていたら、この本に9000円の値が付いていた。ちょっと驚いた。文庫本に9000円とは・・・。まあ、マニアの世界は計り知れない。とやかく言うのはよそう。
内容は、上林が戦前・戦後の武蔵野を歩き、その印象を書き残したもの。もちろん、小説家の文章であるから一般の観光案内とは違う。私的な出来事がスナップ写真のように描写されている。行きつけの飲み屋の女将との散歩、バスの車掌とのトラブル、自作の舞台・聖ヨハネ病院の再訪など。その辺が読みどころだろう。
上林暁は杉並区向井町に住んでいたらしい。じつは私も、時期はかなり後になるけど、阿佐ヶ谷に住んでいたことがある。ただ、向井町と言われても、どの辺なのか見当がつかない。「夏野」の章で「鴨ずしの茶店は、阿佐ヶ谷六丁目から石神井・下井草方面へ行く街道と、善福寺池に通ずる往還の分岐点に位置を占めている」とあるが、これは現在の中杉通りと早稲田通りの交差点のことだろうか? これもよくわからない(もっと荻窪寄りの本天沼2丁目の辺りか?)。
「武蔵野文章」の章で上林が国分寺跡を訪れているのだが、その写真を見ると、ついこの間、NHKの「ブラタモリ」でタモリが歩いていた場所だ。遺跡なので手を加えられていないのだろう。昭和17年の写真と現在の映像がほとんど変わっていない。
個人的には、よく知っている善福寺池妙正寺井の頭公園のことなどが書かれていると、すぐに場景が脳裏に浮かび、文章に親しみが湧いた。東京を歩いてみたくなった。ああ、古本と珈琲屋と東京散歩。