「やせれば美人」高橋秀実

やせれば美人 (新潮文庫)

やせれば美人 (新潮文庫)

本屋でたまたま手にとって1ページ目の文章を読んで迷わずレジに向かった。ダイエットの内容に関心があったからではない。文章に感心したからだ。
ちょっと紹介してみる。

妻はデブである。
結婚前はデブでなかったが、結婚してからデブになった。
158センチで80キロ。
この10年で30キロも増量したのである。
かつて彼女は当時のアイドル歌手、小泉今日子に似ていた。怒っても笑っても、その表情が顔からこぼれるキュートな顔立ちだったのだが、今はまわりに余白が増えたせいで、表情が小さい。かつての顔が今の顔の真ん中あたりに埋もれており、遠くから見ると、怒っているか笑っているのか、わからないほどである。
なぜ、こんなになるまで?
誰もが彼女の肥大化に首を傾げた。なぜ、こんなになるまで放っておいたのか? と。
もちろん妻は「放っておいた」わけではない。毎日のように「ダイエットしなきゃ」と焦り、本屋のダイエット本を読み漁りながら、彼女はデブになった。食べすぎ、運動不足、不規則な生活、ストレス、ホルモンのアンバランス、遺伝・・・デブになってゆく原因を自ら探求しながら、デブになったのである。

みごとな書き出しである。思わずノートに書き写したくなった。
ちなみに、この本の中身はダイエット方法の紹介ではない。もちろん、エピソードとしていくつかのダイエット方法が紹介されているが、メインは「痩せる = 美人」という固定観念に対する異議申し立てである。ただ、著者はこのダイエットに狂奔する世間の風潮に対して正面切って反論しているわけではない。書き出しの文章でもわかるように、「のほほんとしたおかしみ」を武器に、さまざまな角度からやんわりと波状攻撃を仕掛けている。体重80キロの妻を女王に見立て、夫である自分はその忠実な召使としてキャラクター設定しているところも読ませどころである。