「The Chill」Ross Macdonald

The Chill (Lew Archer Series)

The Chill (Lew Archer Series)

I walked on to the next corner, sat on a bench at a bus stop, and read in my new book about Heraclitus. All things flow like a river, he said; nothing abides. Parmenides, on the other hand, believed that nothing ever changed, it only seemed to. Both views appealed to me.

この文章は、ロス・マクドナルドの「The Chill」(邦訳「さむけ」)、私立探偵、リュー・アーチャーの犯罪捜査の中で描かれるシーンである。
欧米の探偵小説を読んでいると、ときおり、こういうエピグラムが効果的に使われていることがある。読後、しばらく経ってから思い出し、どのページに書かれていたんだっけ?と気になったり、また、その正確なフレーズを知りたくなる。じつは今回、この言葉を探して1ページ目から読み返してしまった。
ロス・マクドナルドの中でもこの「The Chill」はかなりいい出来だと思う。読み返して損はなかった。メインストリーもいいが、サイドストーリーに描かれる男や女がじつに悲劇的でやるせなく、濃い影のように心に染み込んでくる。
ちなみに、ハヤカワ文庫の小笠原豊樹の訳がある。参考までに。

わたしはその先の街角まで歩いて行って、バス停留所のベンチに腰をおろし、さっき買った本のヘラクレイトスの章を読んだ。万物は河のごとく流れ去り、何ものも留まらぬ、とヘラクレイトスは言っている。一方、パルメニデスは、何ものも変化することなく、単に変化するように見えるだけである、と説いている。どちらの考え方もわたしには面白かった。

ロス・マクドナルドのファンであることを認めている村上春樹が、デビュー作「風の歌を聴け」の中でこんな文章を書いている。

あらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない。
僕たちはそんな風にして生きている。

風の歌を聴け (講談社文庫) [ 村上 春樹 ]

この言葉は「風の歌を聴け」の主旋律であり、効果的な挿入句ともなっている。この部分だけ取り出すと、あまりピンとこないかもしれないが、物語の終わり近くでこのフレーズに出会うとグッとくる。
文章を書き写していたら、また春樹の文章が読みたくなってきた。「風の歌を聴け」はもう12回も読んでいるのに。