「風の果て」藤沢周平

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久しぶりに藤沢周平の世界を堪能した。
パソコンのトラブルシューティングに疲れると手を休めてこの文庫本に手を伸ばし、ぽつりぽつりと読み進んだ。正月のうるさいテレビを消して、静かな藤沢の世界に耳を澄ますのはささやかな幸福である。
派手なストーリー展開はない。剣豪も必殺剣も登場しない。地味な政治劇、政治的な暗闘がメインである。序盤、主人公・上村隼太の青春時代が明るく描かれている。そのせいで、その後の主人公の孤立がより際立ってくる。話の筋だけを追えば、主人公は出世していくわけだからサクセスストーリーといえなくもない。しかし、とうていハッピーエンドとは思えない。それは若い頃の仲間が隼太と袂を分かち、一人ずつ去っていくせいだろう。
かつて明るく照りわたっていた陽がいつしか薄暗くなり、気がつくとすっかり暮れなずんだ人生のたそがれに立っている。そのときになって辺りを見回しても友人も家族もいない(妻との仲はすでに冷え切っている)。たった一人だ。隼太は胸が冷えていく思いにじっと堪えながら、足元に落ちる自分の影ばかりを見つめている。
こういう心情を孤愁というのだろうか。友が去っていくとき、思いをかけていた女がほかの男に嫁いでいくとき、隼太は何度も「おれの青春が終わるところだな」とつぶやく。主人公の身辺が徐々に暗くなっていく過程を描く藤沢の筆が冴えている。私は、この暗さこそ藤沢の本領だと思っている。
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