「泥の河」

泥の河

久しぶりに観たけど、やっぱりいい映画だな。最初に観たのはもう20年も前のことだ。テアトル吉祥寺で「家族ゲーム」と二本立てで観た。当時、森田芳光小栗康平が日本映画界の期待の新人と紹介されていたのを覚えている。
今回は、メインの三人の子供たちではなく、うどん屋の主人であり、信雄少年の父親役を演じた田村高廣に注目してみた。
「戦友」という歌の中に「不思議に命永らえて」という一節があるけど、その歌詞そのままに戦争で何度も死にそうな目に遭いながら、なんとか生きて日本に戻ってきた男である。ただ、戦後の焼け跡から再出発したものの、生活は思うようにいかない。貧乏くじばっかり引いているような人生だ。そんな苦渋の思いを田村高廣は寂しそうに語る。
「生きとっても、やっぱりスカみたいにしか生きられへんのかな、わいら」
そんな独白をする中年の男なんだけど、田村高廣は終始、柔和な表情で演じている。失意の人生をしっかりと受け止めて、それでも生きていくしかないと諦めた人の柔らかい寂しい表情はなかなかいいものだ。

それにしても、廓船の少年・喜一が姉・銀子の笑い声を聞いて、ぽつりと呟く言葉にはいつも泣かされる。ある夜、廓船の姉弟うどん屋に遊びに来る。姉が内風呂に入れてもらって少しだけ心を開き、楽しそうに笑うのだ。するとその声を聞いた喜一が信じられないという顔をしてつぶやく。
「お姉ちゃん、笑ろうてるな・・・、笑ろうてるわ」