"Frost at Christmas" R.D. Wingfield

Frost at Christmas (Jack Frost)

Frost at Christmas (Jack Frost)

フロスト警部シリーズの第1作。8年前に邦訳を読んでいるので、今回は2回目。内容はおぼろげながら覚えていた。でも、細部はほとんど忘れている。再読にもかかわらず、新鮮に読めたのだから、忘れっぽさにも効用があるということだ。忘却力とでも言おうか。
後続の4作に比べて、この第1作目はずいぶんとコンパクトまとまっている印象を受けた。ただ、意外だったのは、フロスト警部が作中で何度も亡き妻のことを語っていることだ。かなり苦い思い出を、あえて記憶を蘇らせつつ語っている。どうやらフロストはそうすることで自分を罰しているらしい。単純で、がさつに見えるフロスト警部にも暗い影の部分があるということだ。
そして、事件の進行とは関係ないのだが、いくつかの小さなエピソードが挿入されている。小銭をくすねる若い警官、老婆を轢き殺した若者、凍死したホームレスなどに対してフロストが一片の同情を寄せている。いつもダーティ・ジョークばかり吐き散らしているフロストだが、こんなところに暖かい人間性が垣間見える。
作者は、フロストのキャラクターの基本線を下品極まりない中年男としながらも、さまざまな陰影を付け加えていくことで、より魅力的な人間に仕上げている。その手際の良さに拍手。

邦訳のあとがきで訳者がフロストの魅力を短く語っている。

フロスト警部も自分の規範に照らして自分のペースで行動するのだが、そこには、“己れの生き方を貫く”というような力強い原動力は微塵もない。なにごとも、“結果オーライ”、徹底的に力が抜けているのである。力が抜けている分、フロストはしぶとい。眉間に皺を寄せて渋い顔などしてみせなくとも、威勢のいい台詞など口にしてみせなくとも、しぶとく生き延びることで、己れを通していく。訳者はそこが何より気に入った。

私も気に入った。

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)