丸山健二「さらば、山のカモメよ」

1981年に出版された本である。強面でマッチョな丸山健二がこんな小説を書いていたのかと、驚くような軽い筆致である。身近な出来事を綴ったエッセイと言ってもいい。青春の交遊録という体裁の小説である。
ただ、丸山が書くからには明るく楽しいだけの青春の交遊録ではありえない。登場人物はみんな所帯を持った二十代後半から三十代の男たちである。それぞれ生活の苦労を抱え、なにやら憂鬱な影を引きずっている。夫婦間のトラブルもあれば、仕事上の行き詰まりもあり、借金もある。
逃げ出したいような状況なのに、かれらのやることはバイクを乗り回したり、他人の家庭のイザコザに首を突っ込んだり、まるで子供じみたことばかりだ。そんな馬鹿騒ぎを書く丸山の文章は柔らかく軽妙である。また、著者自身を含めて登場人物たちはかなり戯画化されている。とくに、著者が自分のマッチョぶりをデフォルメしている箇所は笑える。
そんな書き味のせいか、最近の力んでばかりいる文章よりも、二十年も前のこの文章の方がよほど好感が持てる。「まったく、人間って奴は・・・」と苦笑している丸山の素の表情が見えてくるようだ。
ただ、丸山文学に終始一貫している「人生は徒労」という主旋律は、こんな軽いエッセイ風青春記にも流れている。おそらく、その思いは血肉となっているために、何を書いてもにじみ出てくるのだろう。この青春記の中でどれほど子供っぽい馬鹿騒ぎが書かれていても、読後に心がしーんと静まるような寂寥感が伝わってくるのは、この作家の個性の表れだと思う。
小説の最後に、友人の葬式の後でカメラマンと交わす会話がある。

「ヨウさんはいいときに死んだね」
なぜなら、青春の名残りが消えるのとほとんど同時に人生を終えることができたからだという。カゲヤマさんはまたこうも言った。
「カメラなんかいじくりまわして食べているのがつくづく嫌になりましたよ」
「先がすっかり見えてしまったような気がするんだろう?」と私は訊いた。
「まあね」
「だけど、こんなもんだよ」
「こんなもんですかね」
「うん、こんなもんだ」

この一連のやりとりはデビュー作「夏の流れ」の中の一節とほとんど同じ呼吸だ。人間の生を悲劇的なものとして苦々しく眺め、吐き捨てるように諦めの言葉をつぶやく。

蛇足:「さらば、山のカモメよ」というタイトルは、おそらくジャック・ニコルソン主演の映画「さらば冬のかもめ」から借用しているのだろう。舞台背景もストーリー展開もまるで異なるが、底流している主旋律は同じだ。たまたま知り合った人間同士が交流し、お互いを理解し合ったような気になってしばらく心温まるが、やがてその友情も無味乾燥な日常の中に埋没してゆき、跡形もなく消えてしまう。作品の骨組みがよく似ている。ただ、丸山の方がドライで暗く、映画はややウェットで明るい色調だ。
(映画の原題は”The Last Detail”。Detailって、「軍の特別任務」という意味だったのか。知らなかった)