宮沢章夫「だめに向かって」
数年前に「牛への道」を読んで以来、宮沢章夫のファンである。その後「青空の方法」や「茫然とする技術」なども読んでみたが、やはり、「牛への道」がいちばん面白い。
現在読んでいるのは「よくわからないねじ」という本だが、その中に「だめに向かって」という文章がある。ちょっと抜粋してみる。
私は「だめ人間」に憧れる、と作者は言う。まず、だめ人間の代表として太宰や芥川の名を挙げるが、もっとすごい奴がいるらしい。それは坂口安吾である。たとえば坂口のエッセイのタイトルを見るがいい。そこにはだめの気配が濃厚に漂っている。
「僕はもう治っている」
いきなりこうだ。この野放図な言葉の雰囲気はなんだろう。神経衰弱で入院している坂口が読売新聞に寄稿して、「ボクはもう治っている。毎日後楽園で野球を見ているが、若い頃の健康をとりもどすためにもうちょっと入院するつもりでいる。秋までには長編小説を書き終わり、それがすんだら縦横無尽に書きまくるつもりである」
やたら威勢がいいが、威勢がいいだけに、まだだめなんじゃないかと人に心配させる響きがこの言葉にはある。そのなんとも心配な雰囲気が、「だめ人間」のまた別の側面だ。「だめ人間」の奥は深い。
「だめをきわめれば、そこに聖性が出現する」と作者は言う。そして、私はその言葉にいたく感じ入っている。どうやら、私の中のだめの感性が共鳴している気配だ。
- 作者: 宮沢章夫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1997/04/25
- メディア: 文庫
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