幌馬車の唄

喫茶・千里軒のマッチ

きょうは感傷に浸ってみたい。
テレビドラマの中で歌われていた、ある歌のことがずっと心に引っかかっていた。向田邦子シリーズで久世光彦演出のドラマだったと思う。主人公の母親役の加藤治子が縁側に腰かけて、一人で編み物か何かをしているのだ。なにげないワンシーンだったので、あまり気にもとめていなかった。ただ、そのとき加藤が口ずさんでいた歌がひどく印象に残った。場面はすぐに変わってしまい、歌は途中で終わった。当然、歌詞を覚えることなどできはしない。タイトルだってわからない。知る手がかりはまったくなかった。
それから十年以上の月日が流れ、ある日、私はたまたま練馬の古本屋で文庫本を手にした。久世光彦「マイ・ラスト・ソング」という本だ。そこに、この歌のことが書かれていた。タイトルは「幌馬車の唄」。昭和七年、作詞・山田としを、作曲・池田不二男、そして和田春子という歌手によって歌われた歌だという。
初めて聴く歌なのになぜか懐かしい印象を受けるこの歌は、日本で忘れ去られてしまったのに、台湾では今でも愛唱されているという。さらに久世の本で知ったことだが、侯孝賢の映画「悲情城市」の劇中でも歌われているという。さっそくビデオを借りてきた。たしかに歌われている。反政府運動で囚われた若者たちが、刑場に散ってゆく同志の背に向かって歌いかけている。耳を澄まさないと聞き取れないほど低い声で、ささやくように歌っている。
夕べに遠く 木の葉散る
並木の道を はろばろと
君が幌馬車 見送りし
去年の別れが とこしえよ
マイ・ラスト・ソング―あなたは最後に何を聴きたいか (文春文庫)
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