男はつらいよ 寅次郎恋歌

第8作 男はつらいよ 寅次郎恋歌 HDリマスター版 [DVD]
正月以来、シリアスな映画を観る気力がなくて、気楽な男はつらいよシリーズを観つづけている。第8作は、意外と言っちゃいけないけど、小さな見どころがいくつもあって良い映画だなと思った。なかでも寅が語る幸福論、りんどうの花が咲き乱れる農家の話がいい。
これぞ寅のアリアである。しかも、とらやの夕餉の席で一度、ラスト近くでマドンナの縁側でもう一度。この二度目のアリアがいい。たっぷり聴かせる名場面である。フラれる前に自ら身を引こうとする寅の恋のせつなさを主旋律としたエレジーといったところか。

夕暮れどき、田舎のあぜ道を一人で歩いていたんですがね。ちょうどリンドウの花がいっぱい農家の庭に咲きこぼれて、電燈は赤々と灯って、その下で親子が水入らずの晩飯を食ってるんです。
そんな姿を垣根越しに、ふっと見たときに、ああ、これが本当の人間の生活じゃねえかなあ、と。ふっと、そんなことを思ったりしまして・・・。
(マドンナのセリフ: わかるわ。さみしいでしょうね、そんなときは。)
仕方がねえから、行き当たりばったりの呑み屋で、無愛想な娘を相手に一杯ひっかけましてね。駅前の商人宿かなんかの薄い煎餅布団にくるまって寝るとしまさぁ。なかなか寝つかれねえ耳に夜汽車の汽笛がぽーっと聞こえてきましてね。朝、カラコロ下駄の音で目が覚めて、あれ? おれは今いってぇどこにいるんだろう? ああ・・・ここは四国の高知かぁ。
そんなときに、いま柴又じゃ、さくらやおばちゃんたちがあの台所で味噌汁の実をコトコト刻んでいるんだなぁ、なんて思ったりしましてね。

こうして入力してみると、なんてことないセリフなんだけど。渥美清という俳優の身体を通して語られると、世界的な不朽の名文に匹敵するほどみごとな心象風景の描写と言いたくなるのだ。