森銑三「物いふ小箱」

新編 物いう小箱 (講談社文芸文庫)
朝日新聞に掲載された南伸坊の推薦文を読んでからずっと気になっていた。運よく除籍本の中からピックアップできたので、さっそく読んでみた。
全体的に話があっさりしている。いわゆる怪奇談特有の濃厚な雰囲気には乏しいようだ。どの話も短いので、寝床に持ち込んで眠くなるまでぽつりぽつり読むのに手頃な本である。
碁を好む商人がいた。人柄がよくて筋もいい。師匠も期待を懸けて稽古をつけていた。ところがある日、病気に罹った。熱心に通っていたのにぱったり顔をみせなくなる。病が重いのかと心配していると、十日も過ぎた頃、何事もなかったかのように現れる。もう快復したので、ぜひ、一局、お稽古をと請う。師匠も喜んで対座した。すると驚いたことに商人の碁が二段も三段も上達している。あっという間に師匠は打ち負かされてしまう。商人が辞去した後、師匠の気持ちは落ち着かない。いったいあの男はなぜ急に上達したのか、また、あまりにも物静かな様子が尋常ではなかったと思い起こされる。翌日、師匠は気が急くままに商人の家を訪れる。と、店先に「忌中」の紙が貼られている。「主人は一昨日亡くなりました」と店の者に告げられる。
江戸時代の日本人はこの手の怪談が好きだったのだろうか。このパターンの話がいくつか繰り返される。たしか、ハーンの怪談にも死者が生前の約束を果たすために来訪するというような話があった。