「長屋紳士録」小津安二郎

長屋紳士録 [DVD] COS-019

長屋紳士録 [DVD] COS-019

久しぶりに「長屋紳士録」を観た。十年ぶりくらいか。ずっと観たいと思っていたんだけど、どこのレンタルショップにも置いてないんだよね。
笠智衆が迷子の男の子を長屋に連れてくるところから始まって、その子供を押しつけられた飯田蝶子が最初は嫌っていたのにだんだん子供に情が移っていく。その過程がじつに無理なく、自然に撮られていて、上手いもんだなと感心した。こういうのはひとつ間違えば、泣きを強要する押しつけがましいベタベタの人情劇になってしまう。そこを無理なくラストの泣きにまで運んでいく小津の手腕はさすが。こういう人情劇のモデル・定型があるのだろうか? いや、型に沿って作っても、細部が光っていないと凡作になってしまう。一つ一つのシーン・細部が磨かれているから観る者の心に届くのだ。
こういう軽くて楽しい、そしてちょっと感傷が混じった「長屋紳士録」、あるいはシニカルな視線が混じった「生まれてはみたけれど」などは、小津映画の中ではあまり大きく扱われていないようだが、私にとってはお気に入りの上位作品だ。
それにしても飯田蝶子がいいな。あのしかめっ面はじつに味わい深い。そしてその渋面が一転してにっこり笑ったとき、地蔵様のような優しい表情になる。愛嬌があってすごくいい。それから笠智衆が「のぞきからくり口上『不如帰』」を歌うのも楽しい。それから写真館で飯田蝶子が子供と一緒に記念写真を撮るシーン、それから冒頭の一人語りの入り方、それから無口な子供の存在感、それから・・・。ああ、もうキリがない。