澁澤龍彦            「うつろ舟」

蚕霊神社



















常陸の国はらどまり村とは、銚子から平潟にいたる今日の茨城県の長い海岸線のどのあたりに位置する村なのか、一向にはっきりしない。

物語の冒頭の1行である。どうやら舞台はわが郷里・神栖市に近いようだ。少なくとも鹿島灘のどこかだ。さらに読み進んでいくと、漁村の浜に異様な舟が流れ着く。そして、その舟には異国の女人が乗っている。それもたった一人。もちろん言葉は通じない。女は黙したまま、しかし笑みを絶やすことがない。

女人は年のころ二十ほどに見えて、色白きこと雪のごとく、まなこ青く、燃えるような金髪あざやかに長くうしろに垂れ、その顔のふくよかに美麗なることは譬えんばかりもなかった。

ここまで読んで、わたしはある説話を思い出した。それは神栖市の「蚕霊神社」にまつわる伝説である。その話のあらましはこうだ。大昔、インドの大王の娘・金色姫が小舟に乗って日川浜に流れ着いたというのである。その姫はあまりに美しかったために大王の後妻に憎まれ、小舟に押し込まれて大海に投げ込まれたのだそうだ。その小舟がどこを漂い、どこを巡って来たのか知れないが、とにかく最終的に常陸の寒村の日川浜に流れ着いた、というのである。
さて、このあと姫の数奇な運命はさらに変転して・・・。
澁澤龍彦の「うつろ舟」では、十六歳の少年・仙吉が女人に近づいてゆく。そして・・・と、物語を語りつづけたくなるが、ここでやめておく。その後につづく耽美な夢幻の物語は、実際に本を手にとって、その流麗な文体とともに味読していただきたい。
一方、「蚕霊神社」の由来では、女人はまもなく息を引き取ってしまう。そして、その亡骸は一夜にして小さな虫に変わる。桑の葉を与えると、小虫は喜んで食べては眠り、起きては食べる。これを四回くり返すと、真っ白な繭を作って、その中にかくれてしまった。これが常陸全域に養蚕が普及した初めである、と話は結ばれている。
写真は、神栖市日川の「蚕霊神社」。ちなみに、インドの姫が流れ着いたとされている日川浜は現在、座礁船が流れ着いて撤去作業中である。

うつろ舟―渋澤龍彦コレクション   河出文庫

うつろ舟―渋澤龍彦コレクション   河出文庫