トキワ荘の青春

トキワ荘の青春

この映画を昭和30年代の雰囲気を懐かしむために観る。だから全編を通して見るよりも、細切れにして観ることが多い。ワンシーンだけでもいいのだ。暇なとき、テレビがつまならいとき、数十分だけ観てセピア調の雰囲気に浸る。それで満足というわけだ。
アパートの前のなんでもない細道や、背景として枝葉を茂らせているケヤキの木や、白い石塀や、夕暮れの街路灯や、坂道の石段や、細かく区切られたアパートの窓や・・・数え上げたらきりがない。
聞くところによると、地方在住の石森や赤塚や藤子不二雄を東京に呼び寄せたのは寺田ヒロオだったらしい。その選球眼がすごい。よくこれだけの才能を見抜き、選抜したものだ。この寺田ヒロオという人物についてはいろいろと思うことがある。その優しい人柄にしても、自分が描きたい漫画が描けなくなっていく過程や、漫画界から去っていった事情など。でも、今はまだ書けない。寺田については断片的な知識しかないからだ。
映画の中で赤塚不二夫が編集長に「きみは漫画家になる才能がない」と通告されるシーンがある。意気消沈し、漫画家になる夢を捨てようとする赤塚に向かって寺田が言葉をかける。
「詰め込みすぎているだけなんだよ。何が書きたいか整理していけば、しぜんと自分がみつかるよ、きっと。みんなみたいになんて考えないで、あきらめずに自分を探してみろよ」


最後に、この映画の中でいちばん好きなシーンを紹介する。
ある日の午後、寺田の部屋の前に石森、赤塚、我孫子、藤本の4人がやって来る。銭湯に行こうというのだ。「寺さん、風呂行きましょうよ。風呂」 4人とも風呂桶を抱えている。なんだか知らないが、みんなうれしそうに笑っている。その顔を見て、寺田も笑う。黙って、照れくさそうに笑う。なんでもない日常の断片だが、たまらなくいい。

トキワ荘の青春 [VHS]

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